3月
08

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 3

posted on 3月 8th 2014 in 1995 with 20 Comments

この話は以下のリンクにまとめています
ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [前編]

 

 

 

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [後編]

 

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3

熟睡はできない。

いつしかウトウト眠りに入るとすぐに目覚め、ぼうっとした頭で瓶を出してお茶を飲む。暑さに苛立ち、苛立つことに疲れ、また少しだけ眠る。そんなことを繰り返しているうちに窓の外は薄く白み始めていた。

堅い土だけの山に、轍が作った道らしき線が一本伸びている。

その線を辿ってバスは山を登っていく。

あちこちガタついたこのバスの、頼りなげな小さなタイヤが、少しずつ土を踏みヒマラヤに向かっていることが、なにかしら奇跡めいたものに感じられた。

 

いつのまにか小さな集落に入っていたようで、あちこちに人間の暮らしの匂いが感じられて、それが不思議なほど大きな安心感を僕にもたらしてくれた。石を積み上げて作った白い家の間を通り過ぎ、藁を積んだ馬車とすれ違った。

馬車に乗った男は独特な民族衣装を身につけていたので、どうやらすでにチベット文化圏に入ったようだ。

 

集落をもう抜けようかというときに、突如バスが停車した。

運転手が道に立つ数人の人間と話している。

ドアが開き、緑色の制服を着た男がひとり車内に入って来た。

公安警察だ。

僕の体内に緊張が走る。

大丈夫だ、大丈夫。

心の中で自分に言い聞かせ、シートに深く身を沈める。誰とも目を合わせないように窓の外の遠くの山を見つめるフリをするが、意識は運転席の横に立つ公安の動きに強く向けられていた。運転手と短く言葉を交わした後、公安は車内の乗客に目を向けた。

検問が始まったのだ。

バスの後方に座っていた僕は、前の乗客の影に隠れるように更に深く身を沈めた。目立たないように、そっと。こっちに来るな、と願った僕の想いが通じたのだろうか、緑色の制服はジロジロと威圧的な視線を乗客の間に這わせた後、またひとこと運転手に何かを伝え、そのまま入って来たドアから出て行った。運転手は窓から公安の数人に大声で挨拶をすると、アクセルを踏み再びバスを前進させた。

全身の筋肉が弛緩する。

安堵の溜息をついたものの、今後このような検問をいくつ越えればラサに到着するのかと、気の遠くなるような思いがした。

次の検問をなにごともなく通過できる確証は、今のところ僕にはない。

(つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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