3月
15

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 5

posted on 3月 15th 2014 in 1995 with 22 Comments

この話は以下のリンクにまとめています
ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [前編]

 

 

 

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [後編]

 

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5

僕はタイミングを計っていた。

車内には乗客たちが戻り始め、外には運転手を含め4、5人が残っていた。最後のひとりが食事を終え店を出てきたとき、できるだけ目立たないようにしかし速やかに、僕はバスの外に出た。片手に空の瓶を持ち、そのまま一直線に店に向かい、食料品店のカウンターに並んでいる商品を大急ぎで物色した。

残念ながらそこには充実した食事になり得るものは一切なく、ただスナック菓子やガムやタバコが置いてあるだけの貧相なものだった。

本当は食堂で温かい麺を注文したいのに。

恨めしい気持ちを押し殺して、その中からビスケットというよりは乾パンに近い包みを3つ手に取り、黙って中国元の札をカウンターの中のおやじに手渡した。傍らに置いてあるポットに入ったお湯を、瓶に移す。これでしばらくお茶には困らないだろう。

そそくさと店を後にしてバスに向かうと、もう僕を除く全員が車内に収まって、僕が乗車するのを待っていた。

 乗客たちが温かい食事を取っているときにはバスから降りようともしないで、出発する段になっていそいそと乾パンだけ買いに行くような男を、やはりみな怪訝な表情で見守っていたようだ。

 それも今回が初めてではなく、出発以降、食事時には似たような行動を繰り返している。そろそろ周りの好奇心もかわせないほど大きなものになってきているのかもしれない。それでも座席に戻るまで、誰も話しかけて来なかったのは幸運だった。もし話しかけられていたら、僕はそれを無視しなければならない。何も聞こえていないかのように、無視しなければならないのだ。

バスはまた走り出し、揺れる車内で乾パンとお茶の朝食を素早く済ませた。乾パンは味がしなかった。お茶はもう出がらしで、これまた味がしなかった。車内は相変わらず暑かったが、コートは脱がなかった。窓から差し込む朝日がジリッと手の甲を焼いたような気がした。

 チベットの太陽だ、と思った。

空が近いから太陽だって近いんだ、と妙な理屈にひとり心の中で頷いた。

  (つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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