4月
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ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 21

posted on 4月 14th 2014 in 1995 with 21 Comments

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その間、公安の他の警官たちは面倒くさそうにバスの周りに群がり、車体の下部を覗き込んだりタイヤをトントンと叩いたりしていた。そんなところに何かが隠されているとでも言うのだろうか?

「ダライ・ラマの肖像画がチベットでは禁制品になっているのだ」

上海で出会ったイギリスの若者が言っていたことを憶い出した。チベット人の信仰の中心にいるダライ・ラマ。中国政府はありとあらゆる種類のダライ・ラマの肖像を一方的に禁止した。チベットに持ち込むことも、チベット人が持ち歩くことも、家や店に飾ることも。当局に見つかれば即没収。場合によっては逮捕拘束されるという。

それが理由でチベットではダライ・ラマの写真が非常に貴重なものになっている。チベット人は危険を冒しながらもそれらを隠し持つ。身の内に隠しながらチベット内を移動し、それらを必要としている辺境の民に配り歩く者もいる。そんな話を聞いたことがあった。

警官たちがそういったものを念頭に置いて検問していたのかどうかはわからない。ただ僕は、そういった日本の常識では計り知れない遠い場所までいつのまにか無自覚のまま、すでに来てしまっていたのだ。そして今さらながら、この瞬間になってやっと、ここがもうチベットで、ダライ・ラマの写真一枚で逮捕されかねない土地であることを自覚した始末だった。

周りの乗客も、運転手も公安警官も、誰ひとり僕がこうして人知れず不安におののいていることを見抜いてはいないだろう。くたびれてだらけきっている旅の中国人に見えているはずだ。

もう少しだけ、このまま前に行かせてほしい。

そしらぬ素振りをしながら心の内で強く念じていると、とうとう外では長い話が終わったようだ。公安が運転手に書類の束を投げ返すのが見えた。

運転手はそれを受け取ると、一言二言公安になにかをささやいた後、運転席に戻ってきた。

よし出発だ。

安堵したのもつかの間、僕の目に映ったのはドアから静かに入ってくる公安警官の姿だった。

(つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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