3月
12

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 4

posted on 3月 12th 2014 in 1995 with 20 Comments

この話は以下のリンクにまとめています
ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [前編]

 

 

 

ラサに行ってもいいですか? | 偽装中国人バスの旅 [後編]

 

 

 

 4

バスはしばらく走り続け、広大な野原にポツンと建つ小屋の前で停車した。

夜の間に堅くなった身体を伸ばしながら、乗客達がぞろぞろと外に出て行く。隣席の男が中国語でひと言僕に話しかけた。

きっと、お前は行かないのか?と言ったのだろうと予想はつくのだが、僕は彼を無視して窓の外を眺め続けた。

運転手も出て行ってしまうと車内には僕ひとりが残った。寝不足の緩慢な動作で小屋の中に吸い込まれて行く人々を、ぼんやりした目で眺めていた。

小屋はどうやら簡素な食料品店と食堂を兼ねた場所で、休憩と朝食をここで済ませるようだ。あばら屋のような造りの店内はバスの中からでも様子が見てとれた。乗客達は地面に直接置かれた粗末なテーブルにつき、うどんとラーメンの中間のような麺を丼から啜っていた。

もちろん僕も空腹だった。出発してから一度もまともな食事にありついていなかった。今すぐバスを飛び出し、外の新鮮な空気を吸い込み、身体を思うままに伸ばし、乗客達と共に温かい食事を取りたかった。

だが僕にはそれができない理由があった。

ゴルムドのネズミ男が決めたルールだったのだ。

「誰とも一緒に食事してはいけない」

濁った目のあの男にそう告げられていた。

 

こんなひどい旅の仕方があるか?

 

今更ながらあの男の話に乗ったことが悔やまれて来るのだが、もうすでに後戻りできないことは僕が一番良く知っていた。このルールを頑に守ること以外に僕には選択肢がなかったのだ。

 

いつの間にか太陽が顔を出していた。

朝の光に照らされ、白い雪に覆われた巨大な峰が目の前に聳えていることに初めて気がついた。

ヒマラヤだ。

ラサはあの麓にあるはずだ。僕は目的地への確かな目印を発見したような気になって、暫く空腹を忘れ見入っていた。

空が青い。

他のどんな場所で見たものよりも、青い。

手を伸ばせば届くところに空があるのを感じた。峰はそれ自体が発光体であるかのように白く輝いていた。青白のコントラストが両目を刺して痛かった。

乗客たちがひとり、またひとりと車内に戻り始めた。

この不規則に揺れるバスの夜で熟睡できた人間はいなかったのだろう、誰もが疲れ切った顔をしていた。

 

 (つづく)

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石川拓也 写真家 2016年8月より高知県土佐町に在住。土佐町のウェブサイト「とさちょうものがたり」編集長。https://tosacho.com/

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